大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(う)807号 判決 1963年6月28日

控訴人 被告人 西野貞夫

弁護人 近藤与一 外二名

検察官 粂進

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中五十日を原判決の本刑に算入する。

理由

所論は、被告人は被害者を追い越しざまにそのハンドバツグをひつたくる方法により被害者の所持する財物を窃取又は喝取しようとする認識の下にその実行に着手し、ハンドバツグを引つぱつたところ予期に反して被害者が転倒した結果被害者に原判決判示傷害を与えるに至つたもので、原判決が被告人に当初から強盗の犯意がありまた右傷害が強盗の機会になされたものとしたのは事実を誤認したものであり、被告人の右所為は窃盗未遂罪又は恐喝未遂罪と傷害罪との想像的競合に当り、仮に被告人が被害者の転倒後さらにその首に腕を廻し口に指を押し込む等の暴行を加えてハンドバツグを強取しようとした事実が認められるとしても、右は前記窃盗未遂又は恐喝未遂の後に新たに生じた強盗の犯意に基くもので別個の強盗未遂の事実であるから、これと前記想像的競合に当る罪とは併合罪の関係にあるのであつて、原判決が本件を一個の強盗致傷罪として包括的に評価認定したのは事実を誤認したものであるといい、原判決の事実誤認及び法令適用の誤を主張するのである。

しかしながら、原判決の判示する強盗致傷の事実はその挙示する証拠によつてすべて認めるに十分である。被告人は、夜間人の通行が稀で両側に用水溝、田及び畑が続き人家から離れた淋しい村道上で、自転車に乗つて進行中の当時二十才の婦女の後から、第一種原動機付自転車に乗りエンジンをふかして速度をあげそのすぐ右側を追い越しざま、同女が右手で自転車のハンドルとともに提げ手のバンドを握つていたハンドバツクを無理にでも引つぱつて奪い取ろうとしたもので、被告人の企図した右のような行為は、同女が僅かでも抵抗すれば両車の接触、同女の転倒等を招き同女の生命身体に重大な危害を生ずる可能性のある極めて危険な行為であつて、ことに前記のような当時の四囲の状況の下では、一般的客観的にみて同女の抵抗を抑圧するに足る暴行に当るものというべきであるから、被告人が同女のハンドバツクに手をかけて引つぱりこれを奪い取ろうとしたときは、すでに強盗の犯意があつたものと認めるのが相当であつて、所論のようにこれを単に窃盗又は恐喝の意思であつたとすることはできず、そして被告人は、同女が被告人にハンドバツクを引つぱられたため被告人の車に折り重つて転倒し、その後輪に右足を突つ込んで原判決判示のような傷害を受けた後も、なおも続いて原判決判示のような暴行を同女に加え、執拗にハンドバツクを強取しようとしているのであつて、その間被告人が当初の犯意を中断したものと認め得る事情は存しないのであるから、結局本件における被告人の行為は全体として一個の強盗の犯意に基く一個の行為と認むべきであり、前記傷害の結果はその強盗の実行行為によつて生じたのであるから、原判決が本件を一個の強盗致傷罪に問擬したのは相当である。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 長谷川成二 判事 関重夫 判事 小林信次)

弁護人近藤与一外二名の控訴趣意第一点

一、原判決は、

「被告人が帰宅中偶々同じ方向へ自転車に乗つて帰宅中の角田和美(当二〇年)を認め、その後に続いて走つているうち、同女が右手にさげているハンドバツクに目をつけ、金欲しさにそれを強取しようと決意し、」となし、この時点において強盗の犯意を認定し、続いて「同日午後六時頃……引き倒し」として右角田のハンドバツクを引張つた点に強盗の実行の着手点を認定している。然しながら、被告人は、右の時点においては強盗の犯意を持つていたものではなく、単なる窃盗又は恐喝の意思を以つて角田の所持するハンドバツクを引張つてこれを奪取しようとしたものでこの点に事実の誤認がある。

二、即ち、被告人は、

(一)(1)  被告人の司法警察員に対する昭和三八年一月七日付供述調書では、「小使銭が今のところなくて困る、更に近く分家して親と別居することになれば金が用だから、この女のハンドバツクを無理に奪い取らうと決心したのです」と供述し、

(2)  検察官に対する供述調書では、

「速度を落して後からのろのろついて行きました、その時、前を行く女が、ハンドルを握つている右手に黒つぽいハンドバツクをさげているのを見たものですから、急に金が欲しくなり、それを無理に取つてやらうという気を起しました。(中略)そこで、自分がバイクに乗つていたものですから、女を追い越しざま、さげているハンドバツクをひつたくつて逃げようと考えました。」と供述し、

(3)  公判廷においては、裁判官の、

「女の右脇をバイクで追い抜く時とろうとしたのか」との質問に対し、「そうです」と供述している。

従つて、右の範囲の証拠からは、第一審の弁護人が最終弁論の段階で指摘している通り、当時の被告人の意思は、「被害者のハンドバツクを追い越しざまにひつたくる意思」であり、それ以外の意思はでて来ないはずである。

(二) そうとすれば、被告人の右の意思は、常識から見ても、構成要件的な定型性からみても、窃盗の意思でしかあり得ないはずである。蓋し、右のハンドバツクを奪取する意思が窃盗の意思であるか、恐喝の意思であるか、それとも原判決の如く強盗の意思であるかは、結局被告人が当時財物奪取の手段又は方法として認識した暴行又は脅迫の程度の差異につきると思われるが、被告人の当時の意思は、第二種原動機付自転車に乗つて被害者を追い越しざまに被害者所持の財物(ハンドバツク)をひつたくり取ろうとしたものであるから、それは、定型的に見て、「歩行中の他人の所持するハンドバツクを後方よりひつたくり、走つて逃走する」場合に等しく、これは被害者のすきに乗じて他人所持の財物を奪取する「すり」と同視すべきで、結局窃盗を以つて論ずべき場合であると考える。

(三) 仮りに、本件の場合は右と異り、原動機付自転車でエンヂンを吹かし、後方より近ずき被害者のハンドバツクを強く引張つたものであるから、奪取の手段又は方法として暴行又は脅迫を用いたもので単なる窃盗ではないとするなら、右暴行又は脅迫は相手方の反抗を抑圧するに足る程度のものではなく、「すり」が財物奪取の手段として相手方に突き当り又は大声を発して威嚇する程度の暴行脅迫であり、結局、相手方の注意を他に転換させてその間に財物を奪取する場合として恐喝罪を以て論ずべき筋合のものである。本件において証拠に照すと、被告人が原動機付自転車のヘツドライトを照し、エンヂンを吹かし被害者の右側に突進したことは、

(1)  被告人の司法警察員に対する昭和三八年一月七日付供述調書で「新生開拓の農業協同組合事業所のある処を通り過ぎて少し行つたところでエンヂンを吹かして約四〇〇米位行つた処で(中略)道路中央を無灯火で走つて行く先程の女に追い付き相手の自転車の右側にバイクを平行させて近寄つたのです。」と述べ、

(2)  被告人の検察官に対する供述調書で、「そして開拓農協事務所を通り過ぎたあたりでエンヂンを吹かして家の無い処で女に追いついて自転車の右側を追い越すとき左手で女のハンドバツクをつかんで引張りました。」と述べ、

(3)  被害者の司法警察員に対する供述調書でも、「農協の前を通り過ぎて宮時千寿さんの元ブドー畑から約五〇米東方路上に差しかかつた午後六時頃です。後の方で凄くエンヂンを吹かす音がしたと思うと、間もなくライトを照しながら私の後に近寄つて来て私の進行方向右側をすれすれに通るようにして私が右手に握るようにしてハンドルにかけてさげていた黒色ビニール製のハンドバツクの提手ヒモに左手を出して握りきゆうと引張つたのです」、とあることから見ても明らかである。これは、正しく被害者の注意を自転車の「衝突の危険」に向けさせ、そのすきに乗じて被害者所持の財物を奪取して逃走する意思であつたことを示すものであり、従つて、強盗の意思であつたとは到底考えられないところである。

(四) 但し判例によれば、「深夜路上で婦女に抱きつく行為」を以て相手方の反抗を抑圧するに足る程度の暴行であるとするものもあり、本件も暗夜であり、又被害者が満二〇年の女である点は右と共通であるが、本件では右判例の如く、直接婦女に抱きつく如き、直接的且つ異常な方法ではなく、自転車に乗るものなら被害者に限らず誰でもが経験する「追い越し」であり、その際の「ひつたくり」程度の暴行であるから、右と同列に取扱えるものではない。

三、もつとも、被告人は前記司法警察員に対する供述調書で「無理に奪い取らうと決意した」と述べ、又、検察官に対する供述調書では「それを無理に取つてやらうという気をおこしました」と述べていることから、当時被告人が認識又予見したところは、被害者からハンドバツクをひつたくるだけではなく、それよりもさらに進んで被害者を自転車から引き倒し、そのうえハンドバツクを強取しようというものであると考えられないでもない。そうであるなら、それは正に相手方の反抗を抑圧するに足る暴行であり強盗を以つて論ぜらるべきである。

(一) 然し、その当時被告人がそこまでの意思を以つていたか否かは原審に現れた証拠を全部綜合しても到底認めることはできない。何となれば、前掲の被告人の司法警察員に対する供述調書、検察官に対する供述調書及び被害者に対する供述調書から明らかに認められる通り、被告人は被害者を追い越しざまに被害者のハンドバツクを引つたくるために、一旦被害者をやり過してから、ひつたくるのに適当な場所を選び、且つその場所に至るや、わざわざ、ヘツドライトをつけたまま猛然エンヂンを吹かし、被害者の右側に出たものである。従つて当時もし被告人に、ハンドバツクのひつたくりが失敗した場合でも、さらに暴行脅迫を継続してハンドバツクを強取しようとするまでの意思があつたのなら、右の如き手段は採らず、他の適当な方法で(例へば適当な場所で被害者を停止させて被害者に暴行脅迫を加え)ハンドバツクを強取したはずである。にも拘らず、右の手段にでた被告人には、やはり当時追い越しざまにハンドバツクをひつたくる意思しかなかつたと認定せざるを得ないものである。

(二) そして、被告人は、右の認識又は予見のもとにハンドバツクをひつたくろうとしたところ、意外にも、被害者が右手に握つているとばかり思つていたハンドバツクの提手ヒモが、実は、自転車のハンドルに引つかけていたため(この点は重要であつて、被害者の供述調書第九項より明瞭である)被告人がハンドバツクを引張つた勢で被害者の自転車が被告人の運転する自転車に折重なる様にして一緒に転倒したものである。従つて、被告人としては、当時の認識とは全く異る予期に反した結果が発生したものであり、もし被告人が、ハンドバツクの提手ヒモがハンドルにかかつていることを知つたならば、当然それを引張ることにより転倒することも予期し得たから、ひつたくりなどはしなかつたはずである。勿論原審の証拠からは右事実を被告人が知つていたか否かの認定は出来ないが、知らなかつたであらうことは誰しも予想しうるところである。

(三)してみると、被告人は、当時、追い越しざまにハンドバツクをひつたくる方法によつて被害者所持の財物を窃取又は喝取しようとする認識のもとに、その実行に着手しハンドバツクを引つぱつたところ、意外にも予期に反して、右の如き原因により共倒れの結果となり、その際、被害者に判示認定の傷害を与へるに至つたものである。従つて、右を擬律すれば、窃盗又は恐喝の意思を以てした結果、傷害の結果が発生したものであり、そこには事実の錯誤があり、結局、窃盗又は恐喝の未遂罪と傷害罪の観念的競合になるものと解する。従つて又、本件の傷害は判示認定の如く、強盗の機会になされたものではないこと、次に述べる通りである。

四、よつて、原判決が右事実を誤認して当初より強盗の犯意を認定している点、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるものである。

(その余の控訴趣意は省略する)

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